【小説】恩田 陸『夢違』を読みました
皆さん夢は見ますか?私は結構よく見ます。
夢特有の支離滅裂な(夢を見ているときはなぜか気にならないんですけどね)展開のものももちろん多いのですが、時々妙にリアルな夢を見たりします。
そういう夢は自分の願望が直截的に現れていて、びっくりすることがあります。
だから最近は特に、やっぱり夢って自分の記憶とか願望とかから作り出されているんだと思うようになりました。
でも、本当にそうなんだろうか?じゃあたまに見る知らない人や場所がやけに鮮明に描写されている夢はなんなんだろう?とも思います。
今回はそんな「夢」を題材とした小説のレビュー記事です。
恩田 陸『夢違』(2011年)
前回のレビューに引き続き、また恩田陸さんの作品です。
夢を映像化できる技術が確立された近未来で、映像化された夢のデータ「夢札」を解析する「夢判断」の浩章が主人公。浩章を悩ませる死んだはずの女の「幽霊」、小学校で起きた不可解な集団パニック事件。なにが起きるかわからない、夢と現実が溶け合う新感覚サスペンス小説。
恩田陸さんの作品ということと、あらすじが面白そうだったので手に取りました。
何が起きるんだろう、どうなるんだろう、というワクワク感があって、読み進めるのは楽しかったのですが、イマイチ色々と謎が残るな、という印象でした。
ちょっと肩透かしをくらった感じがあります。
ただ、題材が「夢」で、夢と現実の境、「胡蝶の夢」のようなテーマを持つ作品なので、この小説自体が、その「夢」そのもののような雰囲気をまとっていて、元々、説明できない部分があったり、謎が謎のままになることは恩田さんの計算の上でのことかもしれません。
※ここから先は話の核心に触れる部分、ネタバレも含みます。ご注意ください!
夢は外からやってくる
この小説では、浩章の夢判断の先輩である鎌田という人物の持論「夢は外からやってくる」というのがキーワードの1つとなっています。
例えば、ふと目覚めると、さっきまで見ていた夢の内容が付けっぱなしだったテレビ番組の内容に似ていていることに気付くことがあります。
そうやって外部の刺激が夢の内容に影響を及ぼすように、夢の可視化が成功した小説内の世界では、他人の夢が視覚的に共有されることにより、その夢がまた他の人の夢に影響を与えているのではないかと考えていました。
実際、カラーテレビが普及してから、カラーの夢を見る人が多くなったという研究結果などもあるようで、他人がどういう夢を見ているか、ということがわかれば、それに影響されるということもありそうです。
私はこの小説を読んでいる間、「夢」というワードに対して、自分の見る「夢」の様子を想像しているわけですが、考えてみると、それぞれが普段見る夢の世界がどういうものかによって、この小説自体の雰囲気も違ってきたりするのかもしれません。
もしこの小説のように、他人の夢も視覚的に見ることができるようになったら、似たような夢の世界を本当に共有できるようになるかもしれないな、と思います。
この作品のキーパーソン古藤結衣子の見る「予知夢」も、神のお告げのように、どこからか降りてくるもの、外からくるもの、という印象を与えます。
「外」から不吉な夢を与えられ苦しみ続けた結衣子が、自分自身、他人の夢や無意識に干渉できる「外」の存在になっていったことは呪いなのか救いなのかわからない結末だなと感じました。
夢と現実の境
作中では、現実が夢に干渉するように、夢が現実に干渉し始めます。
「夢札を引く(夢の映像データを採取する)」行為によって、夢の方から現実へも通り道が出来てしまった、というようなイメージでした。
先日テレビで、人が考えていることを視覚化するという技術が紹介されていました。
それは脳波から推測していく、ということだったのですが、逆に、脳波をある状態にすることでパフォーマンスを高めたりする技術も開発されているということでした。
夢に関しても同じように、夢のデータを取得するための技術が出来たということは、夢に干渉することもできるようになったということなのだろうと思います。
思考の可視化の技術ができてきていると聞くと、いつか本当に夢の可視化もできそうな気がします。
そうなったとき、私たちはどうなっていくのか。
まさか結衣子のように、夢から実際に現実に姿を現すような存在までは出てこないのではないかと思うのですが、夢をコントロールする技術くらいなら、出来そうな気がしますね。
八咫烏の謎
この作品では、集団パニックになった子供たちが夢の中で八咫烏に追われています。
子供たちはその存在に強い恐怖を感じていますが、恐怖のあまり、そのこと自体を無意識の底に押し込めようとしてしまっています。
子供たちがそこまで畏怖している「八咫烏」の存在ですが、最後までその正体がなんであるか結局わからないままでした。
正体というか、なぜ八咫烏という姿で現れたのか、八咫烏は子供たちになにをしたのか、という説明が全くなかったように思います。
ただ、先にも書いた通り、そういうよくわからない状況こそ、夢の世界を現しているのかなとも思いました。
恋愛ホラーだったのかも
ラストにかけて、浩章は結衣子が夢の世界にいってしまわないように奔走しますが、結局結衣子は肉体を手放し、現実から夢と無意識の世界にいってしまいました。(ただ、結衣子は夢の中から現実に実際に出てこられるようになっていたので、幻や幽霊とはまた違った感じで、実際に見て触れることの出来る存在としてあるのですが。)
浩章は冒頭から死んだはずの結衣子の「幽霊」に悩まされますが、結衣子を慕う気持ちもあり、ちらつく結衣子の影にだんだんと想いを再燃させていきます。
最終的に、夢の世界の住人となった結衣子と再開を果たす場面で物語は終幕を迎えます。
このときの結衣子は、現実にいながら、この世のものではない(この言い方が正しいのかわかりませんが)存在です。
浩章がその後どうなったのかはわかりません。ただ、結衣子の世界にいってしまったのではないかと、なんとなく思います。
結衣子には元々婚約者(浩章の兄・滋章)がいましたし、浩章にも妻がいますが、お互いがお互いを想うあまり、違う世界へ引っ張られていってしまったようにも感じます。
特に結衣子は浩章への強い想いから、自ら「幽霊」へと姿を変え、ついに執念実って浩章を自分のもとへ手繰り寄せたのではないでしょうか。
そう考えると、様々な要素を織り交ぜながらも、実態としては恋愛ホラーものだったのかなという気がしました。
今回は小説の運びとしてサスペンスの体をとりながらも、結果ホラーやファンタジーの方向性に進んでいってしまったので、私としてはちょっと消化不良気味でした。
(このレビューもちょっと散らかってしまいました(笑))
ただ、恩田さんらしく読み進めやすい文章で、500ページ近くあるボリュームを感じさせない作品でした。
実は、2012年に日本テレビで放送された『悪夢ちゃん』というドラマの原案にもなっているそうなので、そちらも見てみたいと思います。