【小説】池永 陽『珈琲屋の人々』を読みました
タイトルに「コーヒー」とか「珈琲」とか入っている小説が気になってしまうのですが、この現象はなんなんでしょうか。
村山由佳さんの『おいしいコーヒーのいれ方』シリーズとか、なんかこう、お洒落で素敵な雰囲気が漂ってくるんですよね。
さて、今回はそんな「珈琲」なタイトルに惹かれて読んだ小説のレビュー記事です。
(ちょっと辛めのレビューになっています。すみません。)
池永 陽『珈琲屋の人々』(2009年)
グラフィックデザイナーやコピーライターを経て小説家となった池永陽さんの作品。
東京の小さな商店街にある喫茶店「珈琲屋」。
父から受け継いだこの店を営む行介は、その昔とある事情から人を殺めた。
罪を背負い、罪と共に生きる行介のもとに、今日も様々な人たちが、様々な事情を抱えてやってくる。
熱いコーヒーが繋ぐ人間模様を描いた短編連作小説。
池永陽さんはだいぶ前に『コンビニ・ララバイ』という作品を読んでいて、それが結構面白かった印象があったので、タイトルとあらすじにも惹かれて手に取りました。
本作では「珈琲屋」という喫茶店を営む行介を中心に、商店街に住む人々と、あとは行介の起こした殺人事件に関わる人々の人間模様・心模様が描かれています。
正直なところ、ちょっと微妙だったかなと思います。
人物それぞれの最初の設定は悪くないように思うのですが、あまり掘り下げられずに、起こる出来事とその顛末もなんとなく現実味を欠いているように感じられて、イマイチ感情移入ができませんでした。
もちろん小説なので、ある種の嘘はあっても良いと思うのですが、この作品内での世界自体の作りこみが甘いように感じられました。
物語の表面をなぞっていくような感覚で、心の深くまで落ちてくる感じがしないような。
全体的になんとなく惜しいと感じる作品でした。
※ここから先は話の核心に触れる部分、ネタバレも含みます。ご注意ください!
行介の犯した罪と抱えた十字架
まず、本作で重要な設定が、行介が殺人をおかしているということ。
行介が殺した青野は悪質な地上げ屋で、商店街の中で地上げに特に強く反発していた自転車屋の当時高校生の娘・智子を暴行し、それを苦に彼女は自殺してしまいます。
犯行の証拠がなくその後も店主たちを脅し続ける青野でしたが、珈琲屋に来た際に、嬉々としてその犯行を語ったことに行介の怒りが爆発し、カウンター横の柱に頭を打ちつけられてその場で殺されることとなりました。
その後逮捕された行介は、一環して殺意があったことを主張し続け、障害致死ではなく殺人罪として裁かれ、約8年間の懲役となります。
模範囚であった行介には仮出所の話も出ますが、それも固辞して8年間服役し続け、出所後に、父のお店であった「珈琲屋」を再開することになりました。
商店街に戻ってからも、行介自身は人を殺した罪を抱え続け、自身が幸せになることにためらいを感じています。
一方で、青野の行為に迷惑し、傷付き、怒りを抱えていた商店街の人たちは、行介に対してある種の感謝の念を抱きながら、時に「人を殺した」という行介の特別な十字架になにかを見出そうとします。
「珈琲屋」という教会で神父である行介に訪れる人々が懺悔をする。そういったイメージの作品でした。
行介と冬子、朱美の恋愛模様
本作の一つの軸として、主人公である「珈琲屋」の主人・行介と、幼馴染でかつて付き合っていた冬子、そして行介が殺してしまった青野の元妻・朱美の三人の恋愛模様があります。
この3人の関係に関しては、収録された7編の短編のうち、主に最初と最後の2編を使って描かれているのですが、どうもすっきりしなかったです。
冬子に関しては、意に染まない結婚から抜け出し行介の元に戻るために不倫をしており、そのことをわざわざ自分で行介ににおわせようとします。
また、行介が冬子を想う描写では、とにかく冬子が美しいという表現は出てくるのですが、その内面に関しては詳しく触れられていません。
「美しい女性」で「行介のことをすごく好きである」という以外の情報がなにもないのです。
朱美に関しては、可愛らしいところのある女性ですが、子供までいるいい大人でありながら、行介に対して理不尽な申し入れをしたり、自分に好意を抱いてくれた人物を行介と天秤にかけようとするなど、こちらも感情移入し辛いキャラクターです。
なんというか、恋愛を主眼におこうとしながら、恋愛話の中心となるべき感情の部分があまり見えてこず、なにも心に残らずに終わってしまいました。
恋愛において「命のやり取り」をしようとする展開も、現実離れしすぎていて興醒めしてしまいました。
行介の殺人の十字架に対する葛藤も、台詞として出てくるばかりで、結局は確たるきっかけや決意もなくいつの間にか冬子が好きだと伝えまくっているし、どうも、なんだかなーと思ってしまって、うまく入り込むことができませんでした。
行介に懺悔する人たち
前述の通り、正直行介を中心に据えたお話はちょっと微妙かなと思いました。
しかし、行介があまり深く関わらず、行介の殺人という十字架や、人を殺した手、そしてその手で淹れられたコーヒーなどに勝手になんらかの意味を見出していく人たちの話は、面白いものもありました。
個人的には、老人カラオケサークルを通じての愛憎を描いた「すきま風」が一番心にくるものがありました。
気持ちの良い話ではありませんが、収録されているお話の中では、一番ご都合主義ではなく、物語として感情の起伏を味わうことができたなと思います。
他のお話も良いな、と感じる部分はあるのですが、展開や結論に強引さを感じてしまうところがありました。
最後までもう少し丁寧に物語をとじて欲しかったな、という惜しい作品が多かったように感じました。
今回はちょっと個人的に合わなかった部分が大きく、批判が多くなってしまいましたが、実はシリーズ化されていたり、NHKでドラマ化されていたりと割と人気作品のようなので、ハマる方にはハマるのかなと思います。
実際書評サイトなどでの評価は結構高めのようでした。
こんな風に書いておきながらあれですが、気になる方は読んでみてくださいね!