【小説】恩田 陸『ブラザー・サン シスター・ムーン』を読みました
前回、伊坂幸太郎さんの『首折り男のための協奏曲』を取り上げた際は、小説レビューではなく、それを読んだときの体験に関しての記事だったのですが、今回は満を持して!普通にレビュー記事を書いてみたいと思います。
ちなみに『首折り男のための協奏曲』に関する(?)記事はこちらです。
恩田 陸『ブラザー・サン シスター・ムーン』(2009年)
『蜂蜜と遠雷』で直木賞を受賞し、再度注目が高まる恩田陸さんの作品。
高校時代に出会った楡崎綾音・戸崎衛・箱崎一のザキザキトリオの三人が、社会人になり、それぞれの大学時代を振り返るという形の青春小説です。
普通の青春小説とはちょっと違う印象でした。
この作品は三部にわかれていて、一部ごとに、上記の三人それぞれの視点で描かれています。そして、それぞれ交わることなく終わってしまいます。
もちろん、それぞれの思い出に互いに姿を覗かせてはいるのですが、ただ同じところを通ったというだけで、とても儚い印象を受けました。
残らないことの意味
あっさりとした読み口で、特に結末らしい結末もなく、正直、読み終わるとすぐに忘れてしまうような感じなのですが、ただ、それこそが三人の人間関係をうまく表していたのかなと思いました。
そういう意味では、かなり秀逸な作品なのではないかと感じます。
私自身、人間関係リセット癖があるというか、リセットさせてしまうような性格なので、高校・大学とそれぞれ仲良く付き合ってきた友人たちと、今はあまり深くお付き合いができていません。
もちろん、みんな大切な友人で、繋がりが続けば嬉しいという気持ちはあるのですが、なかなか積極的にそれを表すことができずに、いつの間にか今と繋がりのない思い出になってしまっていたりします。
高校時代。大学時代。それぞれ独特の空気を持つ、濃厚な時間だったと思います。
多くの人にとって恐らくそうではないでしょうか。
しかし、そこを通り抜けた後で、そこで出会った人、仲良く過ごした人たちの人生と自分自身の人生が交わり続けているかというと、意外とあっさりと離れてしまって、いつの間にか「過去の大切な思い出」BOXの中に入ってしまい、時々楽しむ宝物のようになっているのかなと思います。
この作品には、誰もが感じるような人生や人間関係の儚さ、切なさみたいなものが、うっすらとちりばめられているのかもしれません。
大学時代の空気
この作品の魅力のひとつは、大学生活の持つ、あのごちゃごちゃして、楽しくて、でも妙に孤独だったりする空気を感じることが出来ることかなと思います。
主人公三人それぞれ、文学サークル、ジャズサークル、映画研究会に属していて、そういうサークル活動での「あるある」や空気感みたいなものが、よく描かれています。
特に戸崎の語る第二部では、熱いジャズサークルでの活動ぶりが詳細に描かれていて、青春らしい熱気を味わえます。
また、女一人・男二人の淡い恋のような友情のような、もどかしいような関係性の描写も秀逸だなと感じます。
居心地の良い三人の中の静かに揺らぐ気持ちは、なんだか切なく感じます。
熱かったり、醒めていたり、ゆるく心地よい友情を結んだり、恋愛に気持ちを揺らしたり、そういう「大学時代」のなにかをよくとらえて、私たちに追体験させてくれる作品だと思います。
タイトルについて
ちなみに、小説のタイトル「ブラザー・サン シスター・ムーン」は、聖フランチェスコの半生を描いた同名映画のタイトルからつけられています。
これは、小説内で映画好きの箱崎に誘いによって三人で一緒に見に行った映画です。
映画や小説や漫画や音楽や、記憶の断片に、その時代に思い出深い作品だけがよぎるようなことってありますよね。
このタイトルも、そういった記憶の断片を拾っているのでしょうか。
恩田陸さんの作品ということで、読みやすさは間違いないですが、はっきりした展開があるわけではないので、人を選ぶ作品かもしれません。
ただ、心に残らないことで、何かを残してくれる作品かなと思いますので、興味のある方はぜひご一読ください。
タイトルになった映画は私も未見なので、機会があれば見てみようと思います!