アラサーニートの雑記帖

アラサーニートが感じたことや日々の出来事などを綴る雑記ブログです。

親友に会ってきました@Tokyo!漫画『孤独のグルメ2』掲載の洋食店と『怖い絵展』

実は先日まで2週間ほど東京に行っておりました。

例の如く恋人の家に滞在しながら色々と観光に行ったりしましたので、しばらくは東京で体験したこともぽつぽつ書いていきます。

さて、早速ですが今回は、親友と遊んだ1日について書いていこうと思います。

ちなみにこの親友とは前回熊本で会った時のことをブログにも書いたのですが、それから東京で新婚生活を始めたばかりで、幸せオーラを分けてもらってきました!

高校時代の親友に会ってきました!アラサー女性のあれこれ&熊本の素敵なお店紹介 - アラサーニートの雑記帖

前回は親友との会話などを中心に書きましたが、今回はほぼ観光のお話です。

ランチ&美術展について書いていきます。

 

ランチは日暮里にある漫画『孤独のグルメ2』掲載店で

この日はとりあえずランチを一緒に食べようということでお店を考えていたのですが、どこにしよう?と話す中で、『孤独のグルメ』に出てくるお店に行くのはどうかな、と親友が提案してくれました。

ドラマ版を何話か見たことがあるくらいで、全然詳しくは知らなかったのですが、なんだか面白そうなので調べてみることに。

親友の希望もあり、上野・浅草・秋葉原あたりで検索してみたところ、日暮里にハンバーグの美味しいレトロな洋食屋さんがあるらしい。

上野からも近いし、日暮里という街も名前は知っているけど行ったことがなく興味がわいたのと、ハンバーグが美味しいというのが決め手となり、そこでランチをすることになりました。

 

日暮里繊維街の洋食屋さん『ニューマルヤ』

伺ったのは、日暮里で布や生地を扱うお店がたくさん集まった繊維街という通りにあるレトロな洋食屋『ニューマルヤ』。

日暮里駅を出て、店先に並ぶ布や革やファスナーやボタンたちを眺めながら10分ほど歩くと、鬱蒼と茂った緑のツタに覆われた建物が見えてきます。

その一見怪しげな建物こそ、この日のお目当てである『ニューマルヤ』さんでした。

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レトロな看板にレトロなサンプルたち。

一瞬やってるのかな?と不安になりますが、近づくとドアにはちゃんと営業中の札が出ています。

私は結構行ったことないお店に入るのに躊躇するタイプなのですが、親友はそんなことないらしく、先に立ってためらいなくドアを開けて入ってくれました。有難い。

入ってみると、真っ赤な椅子と白いテーブルのコントラストが目に飛び込んできます。

先客はおらず、真ん中あたりのテーブルにつきました。

こちらもレトロなメニュー表には美味しそうな洋食の定番メニューたちが並んでいましたが、頼むものは事前に決まっていました。

どうやら親友も同じくだったらしく、ささっと注文を済ませます。

注文したものがこちら。

ハンバーグステーキインペリアル。

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インペリアルとは目玉焼きのことだそうで、ハンバーグに半熟の目玉焼きが乗ったこのメニューは、ニューマルヤの看板メニューのひとつとして、多くのブログなどで紹介されていました。

ちょっと粗めに作られたハンバーグの玉ねぎとお肉のざくざくした食感と、半熟の目玉焼きの黄身のコクがとってもよく合います。

付け合わせのポテトサラダとほうれん草も美味しく、ザ・洋食屋といったメニューをたっぷり堪能しました。

常連さんらしき男性のひとり客が多く、備え付けられたテレビの音をBGMに食事とおしゃべりを楽しむことができました。

日暮里に行く機会があれば、ぜひまた行きたいと思えるお店でした。

[食べログ]ニューマルヤ

 

平日でも100分待ち!大人気の『怖い絵展』へ

美味しいハンバーグで腹ごしらえを済ませ、次なる場所へと向かいます。

ランチ後の予定は特に決めていなかったのですが、私が『怖い絵展』に行ってみたいと話すと、親友は既に一度鑑賞済みにも関わらず、面白かったしもう一回見てもいいよーと付き合ってくれることに。大好きです。

というわけで、上野へ移動しました。

 

『怖い絵展』開催概要

まずは開催概要を載せておきます。

大人気のため、11月16日より開館時間が毎日20時までに延長されています!
(私が行ったのはそれより前の平日だったため17時まででした。)

  • 開催期間:2017年10月7日(土)〜12月17日(日)
  • 場所:上野の森美術館
  • 時間:9:00〜20:00 ※入場は閉館の30分前まで
  • 料金:一般1600円、高大生1200円、小中生600円、小学生未満 無料

www.kowaie.com

中野京子さんによる大ベストセラー『怖い絵』シリーズを元にした展覧会で、「恐怖」をテーマに約80点もの作品を展示。

連日多くの人が詰めかける大人気の展覧会です。

 

チケット購入後入場待ち列へ

今回は特に前売り券などを持っていなかったので、上野の森美術館で直接チケットを購入しました。

怖い絵展のチケット販売ブースは美術館の外に設けられており、入場列に並ぶ前に購入することになるので、その日しかいけない!待ち時間次第では諦めるという方は、事前に待ち時間を確認してから購入してください。

大体の待ち時間はボードに記載して掲示してあります。

ちなみに私が行ったのは火曜日の14時ごろでしたが、待ち時間の表示は100分になっていました。

平日の昼間で100分。正直びっくりしました。

ただ、その日は実際に並んでいたのは60〜80分だったように思います。(※必ずしも早く入れるとは限りません。)

親友と話しながらだったので、それほど待ったという感覚もありませんでした。

ただ、待ち列で屋根があるのは美術館の敷地内、かなり前方のみになるので、雨の日はちょっと辛いかもしれません。お天気も要チェックです。

 

音声ガイドを借りて中へ

1時間ちょっと待って、美術館の入り口に到達しました。

コインロッカーが建物外の入り口脇にあるため、預けたい方は入場前に預けてしまいましょう。

入る前に、音声ガイドを借りるか借りないかの確認があり、借りる人借りない人と進路が別になります。

今まで音声ガイドって借りたことがなかったのですが、親友がオススメしてくれたので、今回は借りてみることにしました。

音声ガイドを借りる場合、館内に入ってからも少し並びます。10分くらいでしょうか。

料金は550円です。

待ち時間もお金も少し余計にかかりますが、私は借りてとても良かったなと思いました。

音楽と吉田羊さんの語りで一気に雰囲気がぐっとあがりますし、意外だったのが、混雑している館内でも音声で解説を聞けるので、人の頭の間から説明書きを読んだりせずに済み、音声ガイドなしよりもスムーズに見て回れるという利点もあったこと。

これから行く方には、音声ガイドを借りて見られることをぜひオススメします!

 

 雑感

「怖い絵」がテーマということで、作品の世界観や背景、その物語に焦点を当てた展覧会だったため、他の美術展よりも解説に見入っている人が多かった印象を持ちました。

つまり、結構進みが遅く、絵の前がかなりわちゃわちゃします。

ただ、意外と大きめのメインの作品よりも、小さい作品がたくさん並んでいるところの方が混んでいて(解説がその分増え、絵も小さくて遠目などでは見辛いため)、メイン作品に関しては、もちろんそれなりに混んではいますが、ある程度ゆっくり鑑賞することができました。

特にポスターなどにもなっている『レディ・ジェーン・グレイの処刑』はものすごく大きな絵で展示スペースにも余裕を持たせてあったため、絵の全体を鑑賞する分には人の多さは全く気になりませんでした。

絵の近くに寄ると少し並ぶ感じになりますが、それでも混雑はそこまでないように感じました。

怖い絵ということで、おどろおどろしいようなものばかりを想像していたのですが、ハッとするほど美しいものや、物哀しいもの、コミカルなものなど、様々な作品がありました。

物語によって肉付けされた絵画たちはどれも魅力的で、とても楽しかったです。

また、グッズもとても充実していて、そちらも面白かったです。

ちなみに私は『オデュッセウスとセイレーン』という絵画をイメージしてブレンドされたハーブティーを購入して帰りました。

(ブルーマロウという花がブレンドされており、水色が美しい青色から変化していくというものでした!トロッとした食感、すーっとする飲み口で、後にほんの少しの甘みが残り美味しかったです。)

『怖い絵展』、12月17日(日)までです。

とても素晴らしい展覧会でしたので、興味のある方はぜひ行ってみてください!

 

 

ランチの『ニューマルヤ』も『怖い絵展』もとてもよかったです!

付き合ってくれた親友に本当に感謝です。

『怖い絵展』のあとはカフェでたっぷりおしゃべりしてこの日はお別れしました。

親友が、好きな人と「日常」を新しく作っていく様子を聞いて、内心めちゃくちゃ羨ましかったのはここだけの秘密です。幸せそうで眩しかったよ!そのまま幸せに暮らせよー!!

次会うときはどこに行こうか。

ジャム、ブログ再開するってよ

皆さん大変お久しぶりです。アラサーニートのジャムです。

ほぼ毎日書き続けてきたブログでしたが、先月の半ばから丸1ヶ月更新が途絶えてしまっていました。

今回はその間なにをしていたのかや、これからのこのブログのことに関して書いていきたいと思います。

正直、そんなに面白い内容ではないと思うので、読み飛ばして頂いても構いません。

簡単に言えば、これからまた書いていきます!という再スタートへの宣言です。

 

更新停止のきっかけ

まず、そもそもなんで急に更新しなくなったのかということについてですが、きっかけは、母が一週間ばかり体調を崩してしまい、色々と手伝い等で忙しくなったことと、丁度時期を同じくして使っていたPCが起動しなくなってしまったことでした。

特にPCの故障が大きく響きました。

それまでもフリーズしたり、急に落ちたりと不調ではあったのですが、しばらく放置したり、再起動したりで騙し騙しでも使うことができていました。

しかし、このときはもう電源が入らなくなってしまい、スタートアップ修復などを試すも回復できずで、完全に故障してしまったようでした。

そんなこんなで忙しさとPCの故障にやられて3日間ほど更新できずにいるうちに、いつの間にかモチベーションが完全に低下してしまい、そこから1週間、10日、そしていつしか1ヶ月も更新が止まってしまうことになりました。

 

ブログを書いていない間の生活

そんなこんなで思わぬトラブルと持ち前のサボり癖でブログから離れてしまっていたわけですが、その間やっていたことを簡単に書いてみます。

主には家事や、病院・銀行などへの送り迎えやお遣い、あとは飼い犬のさくらの世話をしていました。

母が体調を崩していた1週間ほどは結構忙しかったのですが、正直その後はゆるゆるの生活で、またブログを始める以前のただの引きこもりニートになりつつありました。

あとはハローワークに行ったり、一人でお茶をしたり、母と買い物に行ったり、母とお茶会(お抹茶)に出てみたりして過ごしていました。

同居している母も弟も結構リア充さんなので、寂しく虚しく感じることも多かったです。

ブログを書いているときも、ブログを書いているからなんなのだろうという気持ちがなくはなかったのですが、書かなくなってしまうと、さらに私はなんなのだろうという気持ちが強くなりました。

しかし、ブログを書かなくなったことで、精神的に楽になった部分もあって、自分の中で楽しみながらも負担になっていた部分もあったことに改めて気が付きました。

自分の中で、仕事でもなく趣味でもなく、義務化してしまっていたところがあって、それが心の中でひっかかっていたというのもあったのだと思います。

書いて、読んでもらって、色々と反応を頂いたりして、その動向に一喜一憂しながらも、ブログを書くという行動の出口をどこにもイメージすることができずにいたように感じます。

今回、1ヶ月という長い間ブログをお休みして、時間と気持ちに余裕ができても結局なにも出来ていない自分に改めて気付かされました。

 

これからのこと

というわけで、しばらくブログから離れていた私ですが、せっかく数ヶ月続けてきたブログなので、これからもう一度書き始めようと思います。

内容は今までと変わらず、日常のことや読んだ本や見た映画などのレビューを中心に気ままに書く予定です。

また、更新頻度ですが、しばらくは今までのように毎日更新などの約束を設けずにおこうかなと思います。

自分に甘くて申し訳ないのですが、一度自分の中でのブログに関する色々な「義務」や「約束」を取っ払ってみて、そこでどういう風にやっていけるかを探っていきたいなと思います。

というわけで、少しスローペースになるとは思いますが、またブログを書いていきますので、今まで読んでくださっていた方、これから読んでくださる方、改めてよろしくお願いします。

 

 

今回久しぶりすぎて、ブログってどうやって書くんだっけ、こんなんでいいんだっけと悩んで、これだけの記事を書くのにかなり時間がかかってしまいました。

書きながら、また読んでもらえるだろうかと不安になったりしました。

しかし、放置している間にも、アクセスを頂いたり、スターを付けて頂いたり、読者登録して頂いたりとなにかしら反応を頂いていて、また、それまで読んでくださったたくさんの方を思い出して、それが再開するのにとても励みになりました。ありがとうございます。

今回は、私自身再スタートへ気持ちをきちんと切り替えるために、面白みのない自己満足な記事になってしまいましたが、次回からはまた読んでくださる方にも楽しんでいただけるよう考えながら書いていこうと思いますので、良ければまたよろしくお願いします!

【今週のお題】どこに行きたいだろう?想像の中にいつも

これを書いている今。私はちょっと落ち込んでいます。

今より数時間前に、1時間くらいかけて途中までこの記事を書いていたんです。

しかし、途中でPCが止まるようになり、ついには完全に動かなくなり、私は諦めて一旦作業を辞めることに。

そして数時間たち、今。

画面が真っ暗から動かないので、再起動したんですよPC。

そしたら、もう皆さん想像ついてると思うんですけど、消えてたんですよ、私の1時間の努力の結晶が・・・。割とすいすい書いていて途中で保存するのも忘れていたようで・・・。

というわけで、中盤あたりまでは記憶を頼りに復活させました。若干違うのはわかるのですが、どう違ったかはもう定かじゃないのでこれで良しとします。

ちなみにこの序文は後で書こうと思ってとばしていたので、書くネタができてよかった。よかった・・・。

次からは頻繁に保存しようと心に決めながら書いた、私の記事をどうぞ読んでください!

 

今週のお題「行ってみたい場所」

行ってみたい場所。魅力的なお題ですね。

どこに行こう。なにしよう。考えるだけでワクワクしてきます。

行ってみたい場所。考えてみました。

 

行ってみたい場所①海外

ざっくり。

私は海外にはほとんど行ったことがない(台湾に一度行ったことがあるだけ)ので、海外旅行への憧れってやっぱり大きいです。

バリ島にボラボラ島、ハワイやグアムなんかのビーチリゾートもいいですし、タイやフィリピンなんかの東南アジアの国でまったり過ごすのもよさそうです。

あとはアメリカ。ニューヨークやブロードウェイなんかのザ・観光地ってところを観光客感満載で楽しみたい。アメリカンな空気で元気をもらえる気がしますし。

イギリスやフランス、ドイツなんかのヨーロッパの国々も素敵ですよね。あの美しい町並みをぶらぶら散歩したりして。

なんだかふわふわして具体的にならないのは、海外旅行というのが私にとってちょっと非現実的過ぎて、あんまりちゃんと調べたりしたことがないからなのでしょう。

まだしばらくは多分「憧れ」のままの、私の行ってみたい場所たちです。

 

行ってみたい場所②テーマパーク

こちらもざっくり。

数年前に、十年以上ぶりで東京ディズニーランドに行ったのですが、午前中から閉園時間までエンジョイしまくったのは本当に良い思い出です。

また、前職では仕事の関係であるテーマパークに結構よくお邪魔していたのですが、仕事でありながらも、やはりテーマパークそのものにワクワクする空気があって、毎回行くのがとても楽しみでした。

というわけで、テーマパークいいですよね。

日常の中に作られた非日常の場所。明るさと哀愁を併せ持ったような雰囲気も好きです。

今特に行きたいのは、行ったことのないディズニーシーとUSJ、あとは九州民としては今年いっぱいで閉園してしまうスペースワールドも最後に行っておきたいような気がします。

他にも花やしきなんかも風情があって良さそうですよね。

でもやっぱりディズニーランドがものすごく楽しかったので、今の一番はディズニーシーかなぁ。

テーマパークデートしたいですね。

 

行ってみたい場所③知らない町の街角や公園や商店街や路地裏

またまたざっくり。

どこに行ってみたいかなぁと思って考えていると、頭に浮かぶ映像があって、それって、どこにでもありそうなんだけど初めて訪れた知らない町の、どこにでもありそうだけどやっぱり知らない街角とか公園とか商店街とか路地裏の風景なんですよね。

慕情と好奇心が一緒に刺激されるような、そんなちょっとした新しい町に色々行ってみたいなぁ。

別に遠いところじゃなくても良くて、例えば電車で一駅先の、降りたことのない、ただのベッドタウンの町だったり、いつも曲がる角を反対方向に進んでみた先にある風景だったり、そういうのなんだか好きなんです。

逆に飛行機で行く距離の場所にも、見たことのある駅前の景色があったり、そういうのもいいですよね。

ただぶらぶらと歩いて、気になったお店を覗いたり、よくわからない祠に軽く手を合わせたり、寂しい公園でちょっとベンチに腰掛けたりしたい。

そういうのなんだか好きなんです。

海外やテーマパークの非日常に惹かれる一方で、どこにでもありそうでそこにしかない日常にも溜まらなく魅力を感じます。

 

行ってみたい場所を考えるとき、いつも

こうやって書いてみると、なかなか具体的にここ!っていうところは私には今はないんだなと、改めて思いました。

行ってみたい場所はふわふわしているのですが、どこに行くことを想像しても、いつも隣には恋人の姿を勝手に思い描いています。

彼と行ったら楽しそうだな、一緒にこれを見たいな、こういうことしたいな。

家族や友人と素敵な体験をしたときには、彼にも見せたかったな、一緒に来たかったな、といつも思います。

実際には、家族や友人と出かけても、もちろん楽しい時間を過ごせますし、それはそれで、恋人と過ごすのとはまた違った楽しさがあります。

それでもやっぱり、行ってみたい場所を考えるときはいつも、あの人と行くならば・・・と想像は膨らんでいくのです。

 

 

今回は色々と行ってみたい場所を考えて、想像だけで楽しかったです。

実際の旅行でも、行き先や行程を考えているときって特別に楽しいですよね。

これから行ってみたい場所、いくつ制覇できるかなぁ。

皆さんの行ってみたい場所はどこですか?

犬と散歩する夕方

実家に戻ってきてから、犬のさくらの散歩が私の日課に加わりました。

加わりました、というか、一人暮らしの頃は日課らしい日課はなかったので、「日課」というものが新しくできた感じでしょうか。

一人と一匹、連れ立って歩いていると、なんとなく心が穏やかに凪いでいくのを感じます。

今回はそんな、犬の散歩に癒されている私の心境やエピソードを書いていこうと思います。

 

静かで、懐かしくて、孤独で、温かい

散歩に出るのは大抵15時~17時の間くらい。

真昼は暑いですし、日が沈んでしまうと危ないので、夕方のこのくらいの時間が一番散歩しやすいからです。

夕方の中途半端な時間。実家周りの住宅街はそんなに人通りがありません。

たまにすれ違うのは、下校している小学生か、私と同じように犬を連れたおばさまやご老人方。

私と同じくらいの年代の人と会うことはほとんどありません。

最初の頃は散歩コースを色々と変えて試行錯誤していましたが、ある時ふと、そういえば通っていた小学校への通学路を通ってみようと思い立ち、そちらに向かってみました。

都合の良いことに、通学路はそこまで車が通りませんし、行きと帰り、別の道を通ることができ、時間的にも調度良かったので、それからは小学校の通学路をぐるっと周るそのコースが、私たちのお散歩コースに決まりました。

人通りの少ない、夕暮れ時の通学路を、てくてくと、時々走ったり、急に止まったりするさくらの歩調に合わせながら歩いていると、この世界に自分とさくらしかいないような、不思議な気持ちになります。

それはひどく孤独で、寂しくて、でもなんだか満たされているような、不思議な感覚です。

道端の雑草に気をとられているさくらをじっと見ていると、ふいに顔を上げて私に視線を送ってきます。

いこっか。そう呟いた私と同じ、ゆっくりとしたテンポでさくらが歩き出します。

雲を照らすオレンジの光が、なんとも言えない美しさで、傍らにさくらの身体の振動を小さく感じながら、そんな夕暮れの空をぼんやり眺めて歩く。

はしゃぎながら通り過ぎる小学生を笑顔で見送って、犬を連れたおばさま方と二言三言会話を交わし、それでも世界には私とさくらしかいないような気がしている。そんなひと時。

車が通り過ぎて、少し遠くでどこかの犬が鳴いていて、踏切が鳴っている。ふと、作りかけた夕食の匂いが鼻をかすめていく。生活の気配が温かい、やさしい孤独な時間が、私の中の小さな傷を、ゆっくりそっと癒してくれているような気がする。そんなひと時です。

 

【ちょっとした話①】小学生の会話

散歩中、数人の小学生とすれ違った私とさくら。

さくらの方を見ながら、こんな会話をしていました。

男の子①「おれ、犬は苦手だけど、柴犬は好き!」(※さくらは柴犬です。)

男の子②「一理ある。」

一理ある。

予想外の相槌に、内心ふふっと笑ってしまいました。

小学生の頃って、ちょっと難しい言葉を使ってみたくなったりしますよね。

一理ある。今度どこかで使おう。

 

【ちょっとした話②】ハザードつけっぱなしの車

散歩中通りかかったあるお宅で、ガレージに停められている車のハザードランプが点滅しているのに気が付きました。

ちょっと車の中を覗いてみるも、車内に人影はありません。

このまま明日の朝とかまで気付かなかったらバッテリーあがっちゃうかもしれない。

教えてあげたいけど、どうしよう。

家人が出てきたりしないかと少しの間あたりを見回してみましたが、そんなタイミングの良いことはなく、相変わらず目の前ではハザードランプが明るく点滅を繰り返しています。

車があるってことは、多分家の中に誰かいるはずだし、チャイムを鳴らして教えようか。でも余計なお世話かな・・・。

家の前をウロウロしながら考えている私は明らかに不審者です。

悩むこと数分、道の向こうからおばさんが歩いてきます。

さも、犬が動かないのでちょっと立ち止まっていますよ、という風を装って、軽く会釈を交わします。

可愛い犬ですね。ありがとうございます。

おばさんをやり過ごし、さらに悩むこと数分。

いいや、いっちゃえ。

門扉をくぐり、ドアのチャイムを鳴らします。

ドアホン越しに用件だけ伝えればいいや、と思っていたのですが、10秒ほど待っても応答がありません。

いないなら仕方ないか。内心少しほっとしながらドアの前を離れようとしたその時、目の前のドアが開き、おじさんが顔を出しました。

おじさん「はい」

私「あ・・・あの。通りかかった者なんですけど、車のハザードがつきっぱなしで、気になったので・・・」

おじさん「あー・・・ありがとうございます」

私「失礼します!」

緊張で若干しどろもどろになりながらも、とりあえず用件は伝えることができました。

おじさんの反応が薄く、いきなり知らない人が犬連れてやってきて、やっぱり迷惑だったかな・・・と思わなくもないですが、その後ハザードは無事に消されたようなので、まあよしとしようかなと思います。

おじさんの心境はわかりませんが、私としては良い事したな、と自己満足に浸りつつ帰路についたのでした。

 

 

今回は、犬の散歩にまつわる心情やエピソードを書いてみました。

外に出て、ゆっくり歩くというのはやっぱりいいなぁと最近改めて感じます。

特に仕事を辞めて、実家に戻ってきてから、友達もほとんどいなくて、ほぼ家族としか話さず、家でずっとPCを眺めていたりしたので、外でゆったりと景色を見て、色々感じて、たまにちょっと知らない人と話したりする習慣ができたのは良い事だなと思っています。ありがとう、さくら。

明日からちょっと寒くなるみたいだけど、明日も一緒にお散歩行こうね。

【今週のお題】お弁当三景

10月に入り、秋の気配がぐっと近付いてきていると思い始めた矢先、真夏のような暑さにちょっとぐったり気味のアラサーニートです。

皆さん、体調など崩されていませんでしょうか?

さて、今回は「今週のお題」に沿って書いていきます。

 

今週のお題「お弁当」

今週のお題は、みんな大好きお弁当。

みんな大好き、とか書いておきながら、私お弁当ってあんまり好きじゃないのです。実は。

温かい状態で食べたい、というのがその大きな理由です。

なので、逆にいえば、ほっともっとなどの温かいお弁当や、レンジで温めなおせる状態であれば、最近はそんなに抵抗はなくなりました。(ほっともっとのお弁当は今は大好きです。)

そんな私のお弁当に関するエピソードを3つ書いていきたいと思います。

 

オムライスやサンドイッチ、青春自体を支えてくれたお弁当

私は中学、高校とどちらもお昼はお弁当の学校に通っていました。

お弁当は主に祖母と、そして母が作ってくれていて、計6年もの間、平日はほとんど毎日、お弁当が用意されていました。

私は普段から小食で、かつ冷えたご飯があまり好きではないことを祖母も母もわかってくれていました。

ちなみに白ご飯自体は大好きですし、コンビニのおにぎりは当時から平気でおいしく食べていたので、なんの思い込みなのかわからないのですが、お弁当に入れられた冷えた白ご飯が、当時の私は好きではありませんでした。

ある時お弁当に入れられていたケチャップライスを薄い卵で包んだオムライスは、冷えていてもなぜかおいしくて、そのことを伝えるとお弁当のレギュラーメニューになりました。

また、もともと温かい食べ物ではないサンドイッチもよく作ってくれていました。

お弁当がそんなに好きではない私でもおいしく食べられるように、祖母も母もいつも考えて、毎日朝早くから準備をしてくれていました。

あの頃は、そんな二人の苦労を差し置いて、やっぱりお弁当はあんまり好きじゃないな、なんて思って食べていましたが、今思うと、本当に有難かったなと思います。

毎日遊んだり、しゃべったり、運動したり、勉強したり、恋したり、悩んだり忙しく生きていたあの青春の時間を元気に過ごすことができたのは、二人のお弁当のおかげです。ありがとう。

 

忙しい二人、夜遅くに食べていたほっともっとのお弁当

社会人になってから、しばらく恋人と同棲のような生活をしていた時期があります。

私も彼も仕事がそれなりに忙しくて、終わる頃には結構遅い時間になっていることも多くありました。

彼はその頃在宅で仕事をしていることが多く、そういう日には私が帰りがけに彼の分も一緒にお弁当を買って帰ります。

何にする?何がいいかな?今これが安いらしいよ?じゃあそれにしようかな。

そんなやり取りが当たり前にあることが、なんだかとても幸せだったのを覚えています。

ついでに近くのコンビニで、飲み物とアイスを買って帰ることもありました。

彼の好きそうなものを勝手に選んで、片方にほっともっとの袋、もう片方にコンビニの袋を持って、ただいまと玄関のドアを開けます。

おかえり、ありがとう。と彼が荷物を受けとって、早速テーブルの上に買ってきたばかりのお弁当が並べられていく。その時間がとても好きでした。

のり弁、からあげ弁当、チキン南蛮弁当、肉野菜炒め弁当。

温かいご飯と、温かいおかず。そして目の前に大好きな人がいて、くだらないことを話しながら一緒に食事をする。こんなに幸せなことはない。

ほっともっとのお弁当は私にとって思い出深い食事のひとつになっています。

 

初めて作ったお弁当とこれから作るお弁当

前職についてしばらく経った頃、ふと思い立ってお弁当を持っていくことにしました。

仕事も家事もがんばる私的なものに憧れたんだと思います。

しかし、そもそもお弁当がそこまで好きではなく、作ったことも皆無だった私は、何を作ればいいのかよくわかりません。

そこで考えた結果、フレンチトーストを持っていくことに決めました。

フレンチトーストなら普通に作って切って持っていけばいいし、冷めてもおいしいし、ボリュームもあって他のおかずもいらないし。そう思ったのです。

前日の夜から牛乳と卵液につけておいたパンを朝から焼いて、いい感じの大きさに切って、グラニュー糖を少しふって、容器につめました。

彩りも栄養もなにも考えていない、お弁当と言って良いのかさえ微妙な代物でしたが、私にとっては確かに初めてのお弁当でした。

作っているときの微かな高揚感と、中身はわかっているのに開けるときに感じたワクワク感、そして食べた時のちょっとした幸福感。

お弁当って楽しいかも、とちょっと思いました。

ただ、結局それから気が向くこともなく、私が作ったお弁当はあのフレンチトーストが最初で最後になっています。

もしもこれから、私が新しい家族を作ることができたら、その時は昔の祖母や母のように、食べる人のことを思いながらお弁当を作ってあげたい。

私が次にお弁当を作るのは、いつだろう。

 

 

今回は、私のお弁当にまつわるエピソードを綴ってみました。

こう振り返ってみると、高校を卒業してからは、お弁当と言っても手作りのものを食べる機会って全くなかったなと思います。

普段の食事でもそうなんですが、自分ひとりのためだとどうしてもがんばろうって気持ちが出辛くって、お弁当だと特に手間と時間がかかるので、ほとんど接点なく過ごしてきました。

でも、たまにはお弁当を作ってみるのも良いのかもしれない、そんな気持ちになりました。

大事な人のために作れたら、幸せかもしれませんね。

【映画】『僕のワンダフル・ライフ』を見ました

ここ2日間ほどPCが起動せずにブログを更新できずにいましたが、やっと今日復活したので書いていこうと思います。

連休中に見た公開中の映画のレビュー記事です。

いつも通り母親に誘われて劇場へ。

ダンケルク』と『僕のワンダフル・ライフ』の2つが候補にあげられていたのですが、レイトショーで見るということと、昼間に外出して疲れていたので、見るのに体力を使いそうな『ダンケルク』は今回は却下させてもらって、『僕のワンダフル・ライフ』を見てきました。

 

僕のワンダフル・ライフ(2017年 / アメリカ)

W・ブルース・キャメロンによるベストセラー小説『野良犬トビーの愛すべき転生』を原作に、『HACHI 約束の犬』などで知られるラッセ・ハルストレム監督が映画化。

一頭の犬が何度も生まれ変わり、様々な飼い主との生涯を過ごしながら、自分の生まれた意味を探すハートウォーミングドラマ。

boku-wonderful.jp

 

あらすじ

雑種の野良犬として産まれ、保健所で短い生涯を閉じた一頭の犬。

気付くと彼はゴールデンレトリバーに生まれ変わっていた。

ブリーダーの元に産まれた彼だったが、脱走したところを人間に見つかり、転売目的でそのまま連れ去られる。人間たちが食事の間車内に取り残された彼が暑い車内でぐったりしていると、少年イーサンに見つけられ、命を救われる。

無事にイーサン達家族のもとで飼われることとなった彼はベイリーと名付けられた。

少年から青年へと成長していくイーサンの傍らには、いつもベイリーがいた。

いつしかベイリーも歳をとり、病に倒れ、最後は駆けつけたイーサンや家族に見守られながら幸せな一生を終えることとなる。

しかし、ベイリーの魂は消えず、また別の犬として生涯を始めることに・・・。

様々な飼い主のもとで何度も犬としての生と死を繰り返しながら、ベイリーは自分の生まれた意味・生きる意味を見出していく。

 

感想

まず、主人公犬のベイリーがゴールデンレトリバーやシェパード、コーギーなど、色々な犬種に生まれ変わるので、犬好きにはたまらない作品でした。

どの子も本当に可愛くて、賢くて、単純に犬っていいなー、犬と一緒の生活っていいなーとなりました。

ストーリーとしては、短編連作に近いかなと思います。

イーサンとベイリーの絆が根底にありながら、ベイリーの生まれ変わり達とその飼い主達のストーリーが短編映画のように流れていきます。

生まれ変わっていくので、必ず死んでしまうシーンがあり、わかってはいるのですが毎回泣いてしまいました。

笑って泣けて、犬と人間との絆はもちろん、人間同士のドラマもきちんと描かれていて、良い作品だったなと思います。

 

※ここから先は物語のネタバレを含みます。未鑑賞の方はご注意ください。

 

イーサンとベイリーの絆

この作品では、ベイリーは何度も生まれ変わりながらも、最後には、はじめに自分を助けて、一生愛してくれた大好きなイーサンの元に戻ってきます。

作中でベイリーはイーサンも含め4組の飼い主たちと出会いますが、イーサンとの物語は、特に丁寧に描かれています。

幼いイーサンに命を救われ、お互い小さい頃から一緒に暮らし、時に嬉しいことがあり、辛いことがあり、悲しいことがあり、楽しいことがあり、そんな一生をベイリーは犬として精一杯イーサンと一緒に生きていきます。

ベイリーが家族の留守中に家の中をめちゃくちゃにしてしまったり、食べてはいけないものを食べてしまったり、ふとしたきっかけで走り回って場を乱してしまったり、犬を飼っている人からするとあるあるなお約束も描かれていますが、そういった事態の度に、まだ幼いイーサンとベイリーとの絆が深まっていく様子がほほえましいです。

また、イーサンの家族は父親が原因で荒れていき、イーサン自身もある出来事をきっかけに一時荒んでしまいますが、子供の無邪気さを抜け、青年、そして大人になっていっても、ベイリーという存在がイーサンをしっかり支えていたことがわかります。

 

働いたり、遊んだり、癒したり、疎まれたり

ベイリーはゴールデンレトリバーとしての一生を終えた後、独身の警官に飼われる警察犬のシェパードのエリー、寂しい女子大生に飼われるコーギー・ティノ、そして不良カップルに飼われる大型犬と生まれ変わっていきます。

犬である彼(時に彼女)は、飼い主によって様々な一生を送ることになります。

警察犬として働き、警官の孤独に寄り添い、女子大生に癒しを与え、恋の手助けをし、自分も恋に落ち、可愛いといって引き取られるも疎まれ、外に繋がれ、無責任に捨てられる。

与えられる餌も環境も、犬達には選べません。

彼らは彼らの与えられたものの中で、それでも健気に生きている。

もちろん、この映画の中の心の声は人間の想像に過ぎませんが、あんなふうにその時その時を楽しんで生きていてくれればいいなと思います。

そして、彼らがより幸せに生きるために、飼い主として、人間として、できる限りのことをしてあげるようにしたいなと思いました。

 

犬は話さないけれど、きっと色々わかっている

この作品では、あからさまに犬をないがしろにしていたのは最初にベイリーを連れ去った男達と不良カップルくらいでしたが、イーサンの父親は自身のイライラや失態をベイリーのせいとしてきつく当たっていましたし、イーサン自身父親には逆らえず、ベイリーが冬場に寒い小屋に繋がれるのを阻止できずに、結局ベイリーは自分の力で温かい部屋に戻ってきます。

犬は話せないし、余程本気にならない限り、人間のほうが上の立場にあることが多いです。

でも、だからこそ、話せないだけで、犬には犬の、それぞれの意思や命があることを忘れてはいけないし、人間側の気持ちや都合を押し付けるだけにならないように気をつけなければいけないなと思わされました。

また、人間たちがどういう雰囲気でいるのか、犬たちはなにも言わないけれど、きっとわかっている部分があるはずだと思います。

人間同士のドラマの部分もきちんと作りこむことで、犬と暮らしていると感じるそういう繊細な空気を、よく伝えてくれる作品だったなと感じました。

 

 

見終わったら、犬を飼っている人ならきっと、自分の飼い犬のもとに早く帰りたくなるはずです。

映画の中の犬たちほど賢くはないけれど、うちの子が一番。

ベイリーに心から慕われ、愛されたイーサンのように、私も愛犬のさくらにもっと好きになってもらえるように、いっぱい愛情を注いでいきたいなと思います。

犬好きの方はもちろん、他の動物が好きな方や、お子さんのいるご家族など、いろんな人にオススメできる作品でした。

この日の夜に、さくらに布団におしっこをされて、やっぱり映画みたいに綺麗にはいかないなと苦笑いしながらも、こっちを見つめる顔を見るとやっぱりうちの子が一番だなと思ってしまうアラサーニートでした。

好きになった人はどんどん素敵に見えてくる現象

皆さん、好きな異性のタイプってありますか?

私は優しくて、会話が面白くて、頭が良くて、見た目は文化系の眼鏡とかカーディガンとか似合っちゃうような人が好みです。

しかし、今まで好きになった人を振り返ってみると、タイプはあくまでタイプ。

私の場合、特に容姿に関しては、実際好きになるのにそこまで関係ないなと思います。

もちろんイケメンは好きですよ。好きですが、その人に恋をするかどうかは、やはり中身次第だよなぁと感じます。

そして、中身を好きになってしまえば、なぜかどんどん相手の容姿まで良く見えてくるのです。

今回はこの好きになった相手がどんどんかっこよく・可愛く・素敵に見えてくる現象について書いていきたいと思います。

 

かっこいいな・かわいいなと感じる時には既に内面にも惹かれている

私の場合、好きになったパターンを考えてみると、基本的に友人として仲良くしているうちに、いつの間にか好きになっているパターンばかりです。

色々と話しているうちに、気が合うな、優しいな、頭が良いんだな、とそんなことで惹かれていくことが多い気がします。

接しているうちに、ふと、この人かっこいいな、かわいいな、と思う瞬間が出てくるのです。

そして一度そう感じると、余計にその人といるのが楽しくなって、余計にその人のことがかっこよく・かわいく感じられる瞬間が増えていきます。

つまり、かっこいいな・かわいいな、と感じるその時には、既にその人の内面に好意を抱いているのだと思います。

もちろん、容姿の整った方を相手に、初対面で綺麗な人だなと思うことはありますが、それとは違った感覚です。

 

誰かを好きになることは、相手の良さを見ようとするスパイラル

前述の通り、相手に好意を持ち始めると、相手のことがかっこよく・かわいく見えるようになってきます。

そして、かっこよく・かわいく見えるが故に、さらに相手のことが気になって、ちょっとしたことでさらに良く見えたりし始めます。

誰かを好きになるということは、相手のことがどんどん良く見えるスパイラルに入ることだなと感じます。

恋は盲目。あばたもえくぼ。昔から恋愛にはそんな格言がたくさんあるように、好意を持つことによって、相手のことをより良く捉えようとするフィルターができあがるのでしょう。

性格や行動に対する捉えももちろんそうですが、単純に見た目に関しても、だんだんと良く見えてきたりします。

私の今付き合っている恋人は、世間一般から見てもイケメンの部類に入りますが、好きになる前は、綺麗な顔だけど好みではないな、と思っていました。

しかし、話をして友人として親しく付き合うようになってくると、段々とこの人かっこいいな、かわいいな、と思うようになっていることに気が付きました。

今では恋人が一番かっこいいと思っていますし、本当にちょっとしたことで、なんてかわいい人なんだと感じます。

逆に世間的に見て別にかっこいいわけではない人を好きになったこともありますが、その時はその人のことをかっこいい・かわいいと感じていたことを覚えています。

 

恋愛に限らず好きな相手は良く見えるもの

ここまで、恋愛という観点で書いてきましたが、別に恋愛に限らず、友人やなんなら芸能人や政治家だって、自分が相手に対して好意を抱いていれば良く見えます。

逆に嫌いな相手であれば、どんなに綺麗な人だって、なんだか嫌な感じに見えたりするものですよね。

私は、この好きな相手が良く見えるというのは、素敵な現象だなと思っています。

自分の好きな人をより好きになれる、幸せのフィルターのように感じます。

時には相手の悪いところを見落としてしまったり、自分の都合の良い様に見てしまうという落とし穴もありますが、どうせこのフィルターは外せないのだし、無理に公平に見ようとする必要はないのかなと思います。

ただ、自分はこの人に好意を抱いていて(恋愛でも友情でもなんでも)、今この人に対してフィルターがかかっているのだ、ということはたまに思い出せると良いのかもしれません。

逆のフィルターも然りですね。この人に嫌悪感を感じていて、より悪く見えている部分があるかも、と意識しておければ、もしかすると少し冷静に相手を見られるようになる時がくるかもしれません。

そして、もしかして相手の良いところを意識して見つけようとすれば、そのうちにほんの少しでも、よく見えるフィルターがかかってくるかもしれません。

自分の気持ち次第で相手の見え方が変わるのであれば、好きな人がたくさん増えれば、世界は少し優しく見えるかもしれないですね。

 

 

なんだか話が飛んでしまいましたが、つまり言いたかったことは、好きな人はかっこいいし、かわいいし、素敵だし、より好きになっちゃうよねーということでした。

端から見ていると痛々しい勘違いのように見えることもあるかもしれないけれど、本人にとってはそれは幸せなことだなぁと私は感じます。

「・・・・・・どうかしてることを恋というのよ」と『ツ、イ、ラ、ク』(姫野カオルコ作)の隼子も言っていますし、誰かを好きになるってきっとそういうことですよね。

幸せな勘違いで、みんな幸せになっちゃえ。