アラサーニートの雑記帖

アラサーニートが感じたことや日々の出来事などを綴る雑記ブログです。

【小説】山本 文緒『紙婚式』を読みました

今まで小説のレビューをいくつか書いてきたのですが、今回は初めて短編集のレビューです。(勝手がわからず時間がかかってしまいました)

私は短編集が好きで結構よく読むのですが皆さんいかがですか?

あの短い中にしっかりと物語があって、登場人物達が生きていて、作家さんってすごい。

今回は、日常をぐらぐら揺らす、結婚にまつわる短編集です。

 

山本 文緒『紙婚式』(1998年)

『ブルーもしくはブルー』などで知られる山本文緒さんの作品。

長い年月を共に過ごして、お互いの隅々まで知っていると思っていたのに、目の前にいるこの人は誰だろう。幸せになったはずだったのに、気付いてしまったわずかな綻びから日常が解けていく。「結婚」とその周りにふいに現れる暗がりに落ちた男女を描く短編集。

紙婚式 (角川文庫)

紙婚式 (角川文庫)

 

山本文緒さんは好きな作家の一人なのですが、しばらく読んでおらず、今回は久々の山本文緒ワールドでした。短編集だと思って軽く読み始めたのですが、ボディに重たいパンチをくらうような読書体験となりました。

八編のお話が掲載されているのですが、一遍目を読み終わった後のざわざわ感がすごくて、残りの話を読む時は、結末に向かうに連れて、ホラー作品を読んでいるようなドキドキと緊張がありました。

難しかったり、飾った言葉は使わず、淡々と描写される日常がリアルで、登場人物たちに思わず自己投影してしまいます。

結末がはっきりしない話ばかりだったのも、そこから続く日々を色々と想像させられるようで、まさに自分が今その体験をして、絶望の淵で身動きが取れずにいたり、これからに期待したりするような、そんな気持ちにさせられました。

もやもや、ざわざわする話にかなり引きずられますが、明るい展望を予感させるお話もあり少し救われます。

日常の中のざらざらとした手触りを感じる描写が素晴らしかったです。

 

今自分の隣にいる人は誰なのか

結婚したり、長く付き合っていると、お互いの色んな面を見ることになります。

他の人には見せない甘えた顔や弱さを知ったり、大きなトラブルや絶望的な喧嘩を乗り越えてきたのだと思えば、隣にいる人のことはもう知り尽くしたような気持ちになったりします。

もしも、これからの人生で予想外の出来事が起きたとしても、きっとこの人のやり方や気持ちは理解できるはず、と思う。

でも、そんなある日全く知らないパートナーの一面を知ることになる。

知らないだけではなく、今までの姿からは想像もできないような、見せられた後でも信じられないような、そんな姿。

そのときの気持ちはどうでしょう。

想像するだに空恐ろしいなと感じます。

よく知った顔が、一気にのっぺらぼうになるような感覚でしょうか。

この短編集では、そんな恐怖と絶望感をとてもリアルに感じられます。

隣に立ち、手を繋ぎ、身体を合わせ、愛を誓い、そして毎日を共に過ごす、誰よりも知っているはずのその人が、知らない人になる。

そんな暗闇が実は日常の中にぽつぽつとあって、ちょっとしたことで誰もがその暗闇に落ちるのだと感じました。

何年一緒にいても、どんな山や谷を一緒に経験しても、自分以外はみんな他人だという当たり前のことを、忘れるなよと念押しされた気分です。(今風に言えば「私以外私じゃないの」って感じでしょうか。)

 

知ることで開く道

散々怖さや絶望感を強調してきましたが、知ったからこそまた一緒に歩んでいける二人の姿もこの短編集では描かれています。

自分が見たことも想像したこともないものが突然現れれば、多くの人が驚き、戸惑います。どうすれば良いかわからなくなってしまうこともある。

しかし、衝撃に耐えて、しっかりと向き合えば、新しい道が見えてくることもあります。

長い間深く関わって見えなかった一面というのは、恐らく知らず知らず目をそらしてしまっていたり、思い込んでいたり、押し付けていたり、そういったことで隠れてしまっていたことも多いのではないかと思います。

逆に相手がどうしても知られたくなくて隠していたり、自分と相手との温度差で相手にとってはわざわざ知らせることもないと思っていて見せられる機会がなかったり、そうしたものがふとした瞬間に浮かび上がることもあります。

自分でも意識していなかったけれど、実は抱え込んでいたものが漏れ出すこともあるでしょう。

そういった隠れたり、隠されていた部分に光が当たることにより、見える景色が変わった衝撃や動揺と不安、そしてでもそこからまた新しい光を頼りに歩き出そうとする決意や希望などが、短い話の中にあっさりと描かれていて、そのあっさりさに二人で生きようとする強さを感じました。

 

落ちるのか進むのか

パートナーの新しい一面を知ったり、自分自身の隠れた気持ちに気付いた時、その穴に落ちるのか、新たな道をみつけて進むのか、その分岐はどこにあるのでしょうか。

この短編集ではそれぞれその後が明示されていないので、どの短編の登場人物たちも、結末の後にどのような道を辿ったのか定かではありません。

明らかに強い絶望を漂わせる作品も、希望を滲ませた作品も、どちらもその先をその結末のままには想像できませんでした。

もしかしたら絶望の後に立ち上がり二人の関係は再生したかもしれないし、希望を感じていた二人は、直後に道が分かれてしまったかもしれない。

なんというか、それぞれの作品に流れていた日常と変化、そして迷いや絶望や決断が、空気のように短編集全体を包んで、どんなに絶望しても、希望を抱いても、まだ日々は続くしわからないのだという気持ちにさせられました。

物語1つ1つももちろんですが、短編集として完成された作品だなと感じました。

 

 

突然日常が裏返るという意味では、前回レビューした『豆の上で眠る』にテーマとしては近い部分があるなと感じました。

しかし、『豆の上で眠る』が「姉の失踪」という非日常的な出来事に端を発していたのに対し、『紙婚式』では本当に他愛ない日常、正に私達自身が過ごす時間の上に流れる物語を描いていて、淡々とした短編でありながら、強い力を持つ作品になっていたと思います。

ちなみに、記事中でそれぞれの短編に個々には触れなかったのですが、個人的には『秋茄子』と『紙婚式』が好きでした。

ざわざわ、ざらざらとした気持ちになりたい方は、ぜひ読んでみてください!