【小説】真梨 幸子『ふたり狂い』を読みました
今回は狂気に満ちた作品のレビューです。
書き手は個人的に「イヤミス」と言えばこの人、と思っている真梨幸子さん。
ドロドロの展開と、張り巡らされた読み物としての面白さの仕掛けの融合がなんとも言えない魅力を生み出している方だと思います。
真梨 幸子『ふたり狂い』(2009年)
50万部を超えるベストセラー『殺人鬼フジコの衝動』などで知られる、後味の悪いミステリー「イヤミス」の旗手・真梨幸子さんの作品。
女性誌「フレンジー」で連載されている人気小説「あなたの愛へ」。ある日、その同姓同名の主人公が自分自身だと思い込んだ川上孝一が、著者の榛名ミサキを刺す事件が発生する。
それに端を発して起きる、デパ地下の惣菜店での異物混入事件やネット上での企業への誹謗中傷事件、あるマンションで連続する殺人事件。
果たして真相はどこにあるのか。誰が正気を保っているのか。
狂気と妄想が渦を巻き、現実を絡めとる短編連作小説。
真梨さんの作品は、ベストセラーになった『殺人鬼フジコの衝動』を含めいくつか読んでいますが、毎回毎回本当に後味が悪いです。
人の嫌な部分をこれでもかと凝縮させた作品は、しかしなんとも言えない魅力を持って、また次の作品へ読者を誘い込みます。
そうして誘惑に負けて手にとってしまった本作でも、やはり後味の悪い思いをさせられることになりました。
また、真梨さんと言えば、その構成の巧みさにも定評のある作家さんですが、本作では特に、その構成にこだわって作られているなと感じました。
短編連作の形をとっており、その一遍一遍において形の違う狂気が描かれています。
それぞれの短編にその物語を象徴する言葉がタイトルとしてつけられており、各話の冒頭にその言葉の意味が書かれていて、そこから物語の持つ狂気の形、その帰結を想像しながら読むことができます。
各短編の持つゾクゾクするような狂気と、オチへと向かっていくスリルはとても楽しく、後味は良くないのですが、ある意味すっきりとした読後感でもあります。
しかし、それらを連作として繋ぎ合わせようとすると、その時系列の飛びや、登場人物の多さでモヤモヤ感が強くなります。
さらに、この作品では誰が正気で誰が異常なのか、何が現実で何が妄想なのかがはっきりしないので、そういったものがたくさん重なっていき、通しで読むと、モヤモヤが積み上がっていく感覚になります。
そのモヤモヤこそが、きっと本作の狙いなのでしょう。
ふたり狂い。狂っているのは登場人物の誰だったのだろう。そう考えている私こそが、狂ってしまったのかも。
そんな気持ちにさせられる作品でした。
各短編タイトルの妙
前述の通り、本作では各短編にその物語を象徴する言葉がタイトルとしてつけられています。
収録されている短編は全部で8篇。
それぞれ「エロトマニア」、「クレーマー」、「カリギュラ」、「ゴールデンアップル」、「ホットリーディング」、「デジャヴュ」、「ギャングストーキング」、「フォリ・ア・ドゥ」と名付けられています。
そして、各話の冒頭にそのタイトルの言葉の意味が載せられているわけです。
たとえば最初の「エロトマニア」は下記の通り。
【エロトマニア】情熱精神病、あるいは恋愛妄想。ほとんど接触がない相手に一方的な恋愛感情を抱き、自分も愛されているという妄想が全生活を縛りつける症状。有名人やアイドルがその対象になることが多い。
そしてこの「エロトマニア」は人気恋愛小説の著者に愛されているという妄想を持った男が、ついには著者を刺してしまったというようなあらすじになっています。
その物語の核となる部分を、タイトルで読者に提示してしまうのです。
しかし、これがポイントなのね、とわかったつもりで読み進めていると、予想外の結末やより深い暗闇に連れて行かれることになります。
この落差が癖になる面白さです。
そして、タイトルとして選ばれている単語の意味の掴めなさ(一部知っているものももちろんあるのですが)と、冒頭の無機質な説明が、これからどんな場所に連れて行ってくれるのだろうというワクワク感を与えてくれます。
ちょっとした都市伝説を聞くときのような、怖いもの見たさの楽しさを引き出してくれる、素晴らしい演出だなと感じました。
全てが狂気と妄想の中に飲み込まれる
この作品の魅力は、誰が正常で、なにが現実なのか、どんどんわからなくなっていくその感覚にあるのかなと思います。
もちろん、メモを取ったりしながら時系列や登場人物を並べていけば、作中の出来事の実際の形に近付くことはできると思いますし、私自身も後で表でも作ろうかなと読みながら思ったりすることもありました。そういう楽しみ方もあると思います。
しかし、話の断片を繋げて全体を把握しようとする感じや、曖昧な部分を後で調べようと思いながらそのままにしてしまう感じ、そして結局曖昧なところが曖昧なまま出来上がった歪な物語にモヤモヤしてしまう、そういった現実感を感じる楽しみもあるのかなと感じました。
そうやって、無責任な噂や都市伝説が生まれて、消費されていくその現実感。
そしてその中で、正気と狂気、現実と妄想の区別がなくなって、一緒になって渦巻いているような感覚をなんだかとてもリアルに感じました。
某名探偵は「真実はいつもひとつ!」と声高に叫んでいますが、真実は見る人によって違うのだろうと思います。
端から見て起こった事実と異なる主張をする人がいたとしても、その人が嘘をついているとは限らない。
その人はその人の「真実」を述べているだけかもしれない。
その時妄想の世界に飲み込まれているのは相手なのか自分なのか。
現実や真実の粗さや脆さを突きつけられた気がしました。
読み終わってすぐは、結局あの話の真相はどうだったんだろうとか、あのエピソードって必要あったかな、全体の流れとは関係なかった気がする、なんて思って、ちょっと消化不良気味かなと感じていたのですが、時間が経つにつれて、いやでもそれで良かったのかもと思えてくる不思議な作品でした。
こういう作品に関しては、色んな方の考察を調べて読むのも楽しいです。
今回は真梨さんらしい後味の悪さもありながら、個人的にはエンターテイメント的な楽しみの強い作品のように感じました。
ただストーリーとしてすっきりはしないので、そのあたりは好みが別れるところかなと思います。
気になる方がいらっしゃったら、ぜひ読んでみてください!