アラサーニートの雑記帖

アラサーニートが感じたことや日々の出来事などを綴る雑記ブログです。

【映画】大好きな映画『アンドリュー NDR114』を紹介します!

最近は私的な考察や感想記事が多かったので、久々にレビュー記事です。

今回はまた私の好きな作品から、今から18年も前に作られたにも関わらず、今の時代にこそ見てほしい、そんな映画を紹介します!

 

アンドリュー NDR114(1999年 / アメリカ)

アイザック・アシモフによるSF小説『バイセンテニアル・マン』の映画化作品。

ある日、家庭用アンドロイド・NDR114は、ある一家に迎えられアンドリューと名付けられる。一家と過ごす日々の中で、心を芽生えさせていくアンドリュー。

人間とは、生き物とは、心とはなんなのか。普遍的な問いかけを温かいストーリーで描く、時代を超えたSFヒューマンドラマの名作。

アンドリューNDR114 [DVD]

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あらすじ

家事用ロボットとして製作されたNDR114は、ある日リチャード一家の下へ迎えられ、「アンドリュー」と名付けられる。

はじめこそ妻や長女から反発を受けるものの、徐々に一家にも受け入れられ、様々な家事をこなすアンドリューだったが、ある日、自身が「リトル・ミス」と呼ぶ、幼い次女・アマンダの宝物であるガラスの馬を壊してしまう。リトル・ミスから許してもらうため、木彫りの馬を作り上げたアンドリュー。

それを見てアンドリューの感性に深い興味を抱いたリチャードは、彼に技術やジョーク、人間についての様々なことを学ばせるようになる。

どんどんと知識を吸収し、成長していくアンドリュー。彼はやがて「自由」への憧れを頂き始める。

 

『アンドリュー NDR114』の魅力

「ロボットが心や自我を持ったら」というのは、昔からよくあるテーマだと思うのですが、そのテーマの中で起こりうるであろうことを、厳しい部分も含めて丁寧に描いている作品だと思います。

200年間というアンドリューの長い生涯を描きながら、物語の流れも分かりやすく、しっかりとストーリーを追いながら、人間や生命、心といった命題について、自然と考えさせられます。

 

ロビン・ウィリアムスの演じるアンドリューの体温

本作では主人公のアンドリューを『いまを生きる』『ジュマンジ』や『ナイト・ミュージアム』で有名な名優ロビン・ウィリアムズさんが演じています。

この演技が本当に素晴らしくて、アンドリューという存在に体温を与えています。

リチャード家に来たばかりのアンドロイド然としながらも、素朴で温かい雰囲気や、自由への憧れ、人間になれない葛藤、そしてラストにかけて、「人間」として認められようと手を尽くし、愛する人と共に最期を迎えようとする様。

人間同士がそうするように、人間と心を通わせ、時を過ごすのですが、自分だけが歳を取ることも死ぬこともなく、好きな人たちが老いて、いずれ亡くなっていくのを見届け続けることになります。

それ故アンドリューが持ち続ける孤独と痛みや、それでも諦めない強さ、そして温かい優しさ、そういった彼自身の個性や心情が、特に初期は抑えた表現ながらも、しっかりと伝わってきます。

 

アンドリューを見守り続けたリチャード

アンドリューの成長に、大きく影響したのが最初にアンドリューを購入してきたリチャードです。

彼はアンドリューの持つロボットらしからぬ感性に初めて気付いた人物です。

次女・アマンダのために作られた木彫りの馬を見て以来、アンドリューに対し積極的に情報や知識を得る機会を作っただけでなく、アンドリューの作った作品が売れた際に得たお金はアンドリュー自身の口座を設けてそこに溜めるようにするなど、彼をただのモノとして扱わず、尊重します。

リチャードの存在がなければ、アンドリューはあのように飛躍的な成長を見せることはなかっただろうと思います。

娘たちの成長を一緒に見届け、友人や親子のように過ごす二人でしたが、アンドリューが「自由」を求め、自分自身を買い取ることを申し出ます。アンドリューは決してリチャードから離れたかったわけではないと思いますが、恐らくリチャードにとってその申し出は、アンドリューから拒絶されてしまったような気がしたのかもしれません。

リチャードはアンドリューに小切手を渡し、家を追い出します。そうしてアンドリューはしばらく浜辺で一人暮らしをすることになります。

この浜辺のシーンが、私にはすごく印象的で辛かったです。

リチャードからチャンスをもらって得た知識がきっかけで、アンドリューはリチャードの元を去ってしまう。そしてリチャードはその選択を素直に受け入れることができない。切ない顛末です。

しかし、こういったすれ違いが描かれていることで、この作品にリアリティと重みを与えているなと感じました。

 

「人間」とはなんなのか、「生きている」とはなんなのか

アンドリューは全身が機械で作られており、間違いなくロボットです。

しかし、彼は心を持ち、思考し、自らの意思で行動できるロボットです。

彼は一体なんなのでしょうか。そして私たち人間は一体なんなのでしょうか。

アンドリューは、後に人間と同じ見た目や機能を持つ身体を手に入れ、そして最後には「死」までも手に入れます。

死ぬことで、彼は命を手に入れたのでしょうか。

何が人間で、何が生き物で、それ以外とわけるものはなんなのでしょうか。

この作品を見ると、いつも思考の袋小路に迷い込みます。

アンドリューは感情を持ったからモノじゃないの?

でも感情っぽく見えるだけで、ただのプログラムなんじゃないの?

仮に感情があったとして、その有無が命の有無を決めるの?

死ななければ命とは言えないの?命じゃなければ権利はないの?

線引きをしようとすること自体が間違っていると言われればそうかもしれませんが、技術が発展して、ロボットやAIたちが発達してきている世の中です。

いきなり映画のようなことが起こり始めるとは思いませんが、SFの世界のお話だと切り捨てる時代でもなくなってきたように感じます。

世界のルールや前提が、大きく変わるかもしれない今、改めて見返したい作品だと思います。

 

【おまけ☆合わせて見たい】her/世界でひとつの彼女(2013年 / アメリカ)

『アンドリュー NDR114』を気に入った方なら、もうひとつ、こちらは割と最近の映画ですが『her/世界でひとつの彼女』という映画もオススメです。

アンドリューは機械の身体を持つロボットでしたが、こちらの映画のヒロインは姿形を持たないAIです。

アンドリューと違い、もともと感情や知能といったものがプログラミングされている高性能AIで、声とメッセージだけで相手とやりとりをします。主なテーマはそんなAIとの恋愛や性。

アンドリューは主にロボット側の視点から描かれていましたが、こちらは人間側の感情や葛藤が描かれていて、また違った面白さがあります。

気になる方はぜひ見てみてください!

 

 

映画としての面白さはもちろん、土台のテーマが作品全体にしっかりと根を張っていて、本当に考えさせられる作品です。

アンドリューは「人間」になるために努力しましたが、そもそも「人間」ってなんなのか、それを人間が決めるのか、見ると色々な疑問がふつふつと湧き上がってきて、なんだかザワザワしてしまいます。

私は人間だけど、アンドリューの方がよほど人間らしい人生歩んでそうだな、と思ってしまったアラサーニートでした(笑)