アラサーニートの雑記帖

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【小説】沼田 まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』を読みました

読み終わった後に、気持ちがざわざわする作品ってありますよね。

説明できないけれど、なんだかざわついてしまう作品。

今回はそんな気持ちがざわざわする小説に出会ったので紹介します。

 

沼田 まほかる『彼女がその名を知らない鳥たち』(2006年)

主婦、僧侶、経営者を経て、50代で初めて書いた小説で文学賞の大賞を受賞しデビュー。そんな異色の経歴を持つ、「イヤミス」の旗手・沼田まほかるの作品。

今秋、本作を原作とした映画公開も決定している。

8年前に別れた黒崎のことを忘れられずにいる十和子は、寂しさから15歳年上の陣治と共に暮らしている。生活の一切を陣治の世話になりながらも、下品で野卑な陣治に激しい嫌悪感を覚え辛く当たる十和子。歪んでいながらも離れられず共に暮らす二人だったが、ある日十和子に知らされた黒崎の失踪から、歪みはさらに加速していく。

彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)

彼女がその名を知らない鳥たち (幻冬舎文庫)

 

沼田さんの著作は読んだことがなかったのですが、今回は映画宣伝の帯の蒼井優さんがきっかけで手に取りました。蒼井優さん大好きなんです。

また、『彼女がその名をしらない鳥たち』というタイトルもなんだか綺麗で、あらすじを読んだところ面白そうだったため購入。

沼田さんは、後味の悪いミステリー「イヤミス」で有名のようなのですが、まさに、という感じでした。

主要な登場人物は十和子、陣治、黒崎、そして十和子の不倫相手の水島の4人なのですが、4人が4人ともそれぞれどこか異常で、共感性に欠くキャラクターとして描かれています。

誰にも共感できないまま、しかし、十和子や陣治の孤独に擦り切れる感情に、なんとなく身に覚えがあるような気もしてしまいました。

わかるようなわからないような、そんな中で進んでいく、気持ちがざわざわする小説です。

結末は、後味は良くないですが、物語の瞬間瞬間にはある種の救いがあったように感じました。

 

※ここからは作品の核心部分、ネタバレを含みます。ご注意ください。

 

曲者だらけの主要人物たち

十和子は、陣治に生活の面倒を見てもらっているにも関わらず、陣治を嫌悪し、邪険に扱い、元彼黒崎のことを心に残しながらも、妻子ある水島と不倫する、という一言でいって最低の女性です。

陣治はくちゃくちゃと物を食べたりと下品で、大手の建設会社に勤めていたことだけを心のよすがにしている、うだつの上がらない男です。

仕事の飲み会で出会った十和子に対してしつこく迫り、同居するようになってからも、1日に何度も電話をかけたり、十和子が不倫をするようになると、後を付けまわすようになります。

ただ、陣治は十和子だけを想い続け、その執着心は異常とも言えるものの、この作品の主要人物の中で、唯一気持ちを感じられる人物でした。

そして、十和子の元彼の黒崎と、不倫相手の水島。この二人は、似たタイプのクズ野郎です。黒崎は自身の成功のために、水島は性欲を満たすために、都合の良い言葉で十和子を騙し、利用します。

このように、基本的にこの作品には素直に共感できるキャラクターはいません。

しかし、不快感を抱えながら読み進めていく中に、たまに見え隠れする十和子と陣治の一瞬の普通の優しい時間が、きらりと閃いて、物語を一瞬だけ照らし出します。

その一瞬、暗闇にどんな景色が浮かぶのか、それを見届けるためにページを繰らずにはいられなくなる作品でした。

 

十和子という人物

十和子は、上記の通り身勝手で最低な女性ですが、同時に可哀想な人でもあると思います。

陣治という、身近で本当に十和子を大事にしてくれる人がいるにも関わらず、その人の想いに気づけず、自分を安く扱うような人を自分の大切な人だと思い込みます。

十和子の心のねじれが黒崎の裏切りに端を発しているなら、十和子は黒崎に投げ捨てられたことで、それから先の多くの幸福をも一緒に失ってしまったのかもしれないと感じました。

彼女は心のどこかで陣治を受け入れ、愛しく想い、安心を感じていたのに、そのことを自分で受け入れることができなかったのかなと思います。

陣治といる今は仮の生活で、いつか黒崎のような、水島のような、「価値の高い」男が、自分を選び、引っ張りあげてくれるのだと思い続けていました。

もしかすると、黒崎によって奈落の底に突き落とされた自分自身が、本当はもっと「価値の高い」人間なのだと思い込みたかったのかもしれません。

 

陣治という人物

陣治はこの作品中で唯一、心を感じさせてくれる人物でした。

もちろん、下品で野卑な姿は嫌悪感を誘いますが、十和子への想いは一貫していました。

過去の栄光にすがる姿や、うだつのあがらない様子を描かれてイライラしますが、でも、よく考えれば、彼はずっと「普通の冴えないおじさん」でした。

他の登場人物たちの冷徹だったり、身勝手だったりする破綻具合に照らせば、陣治はただの不器用な男でしかありません。

しかも、就職や社内試験に向けて猛勉強に励み、無事合格するなど、実は努力家な一面もあります。

なにより、めちゃくちゃになじられても、納得できない職場に転職して愚痴を言いながらでも、投げ出さずに十和子を側に置き養い続けていました。

読み進めるにつれて、陣治に対する不快感は徐々になくなっていきました。

十和子や水島のことを付けまわすようになっても、私はもう彼のことを不快には思わなくなっていました。

陣治は、確かに十和子を愛しているのだなと感じられたからです。

彼にとって、十和子への恋心だけが、人生になっていたのだと思います。

 

陣治は十和子を救ったか

陣治はずっと、十和子を暗い過去や犯した罪から守ろうとし続けました。

十和子のために全てを隠して、「普通」の生活を続けようとがんばり続けていました。

しかし、最後の最後で陣治は、十和子の目の前で自殺します。

「幸せになって俺の生まれ変わりを産め」と十和子が幸せに生きることを願いながら死んでいきます。

ももし、本当に十和子の幸せを願うなら、彼は生き続けるべきだったんじゃないかと思います。

十和子にとって、陣治こそが、一緒に生きるべき相手だったはずです。

彼が最後になにを思って死を選んだのか。

それが私にはわかりませんでした。

陣治は確かに十和子を救っていたと思います。

彼の存在自体が、十和子の救いになり始めていたと思うのです。

しかし、彼がいなくなってしまって、その後の十和子はどうしたのだろうと考えずにはいられません。

なぜだか幸せになるビジョンはあまり浮かばず、また黒崎や水島のような男と同じようなことを繰り返したり、もしくは命を絶ってしまったのではないかと思えて仕方ないのです。

沼田さんはこのラストのあとを、どのように思い描いて書かれたのでしょうか。

陣治の最後の願いが叶っていると良いなと思います。

 

 

それぞれの人物の思惑がうまく絡まりあい、先が気になってどんどん読み進めてしまう作品でした。

映画版、蒼井優さんの十和子、阿部サダヲさんの陣治がどう仕上がっているのか、とても気になっているので、ぜひ見に行きたいです!

また、沼田さんの他の作品も読んでみたいと思います。